城内康伸著「猛牛(ファンソ)と呼ばれた男」を読んで。

 副題に、「東声会」町井久之の戦後史、とあります。実は2、3年前に何時も立ち寄る本屋の棚に並んでいた2冊の本の中で、町井久之の本を読むか、許栄中の本を読むか悩みました。その時は、直感で許の本を選んだのでした。

 今年の8月25日に、帝国ホテルで手広く事業をされているT氏にお会いする機会がありました。旧軍の石原完爾将軍の熱烈な信奉者であった曹寧柱は、戦後朴大統領の最も信頼すべき存在であり、その曹氏と兄弟の盃を交わしたのがT氏であり、その曹氏の思想に共鳴したのが東声会の町井だった、ということでした。

 「君はあの本読んだか?」とT氏に聞かれましたので、残念ながら「読んでいません」と答えました。しかし、「あの本」の目星はついていました。2009年2月の出版でしたので、都内の大型書店では中々見つからず困っていたのですが、高田馬場駅前の書店で偶然見つけることが出来たのでした。

 この本には、戦後の夜の銀座、赤坂の光景が表現されています。一声を風靡したプロレスラー「力道山」とのいきさつも書かれています。戦後の貧しかった韓国政府の実情も描かれています。時の右翼の大物、児玉誉士夫との関係も書かれています。

 町井氏が東声会を解散してから実業家として転身していくくだりには、凄まじさを感じました。在日としてというよりも元やくざの親分としての負の評価が、地方自治体の許認可や金融関係の支援が得られにくい中での事業展開でした。それでも、様々な逆境の中で、町井氏はまるで侍のような立ち居振る舞いを貫くのでした。若い時は力道山との腕相撲に勝った町井氏でしたが、経済的苦境は強い肉体をも蝕んでしまうのでした。

 そのあたりは、東京新聞出身の著者も「あとがき」の中で、「これまで伝えられてきた町井氏に対する先入観を排して、彼の生き様に真剣に向き合おうと努力したつもりである。」と書きましたが、その文章の中に凝縮されて表現されているように思います。そして、全編を通して著者の筆(ペン)の力というものも感じさせられました。

 町井氏の事務所のあった「六本木7丁目」は、再開発のためのいわくつきの土地です。最近、その土地を囲んだ高い塀には、「住友不動産」の文字がはっきり見えました。また白河を巡る件で知事を辞任した木村守江氏は、筆者の実家のある町の名士でした。90歳を過ぎても、地元のゴルフ場を闊歩する姿が見られた由でした。この本は在日の1人の武闘派の戦後史であるにもかかわらず、読後感はとてもさわやかなものでした。町井は男の中の男だった、とは決して褒め過ぎではないように思いました。